京都雪稜クラブ - 若さ溢れるオールラウンドな活動 −京都岳連加入−
| 山行名 | リビア砂漠紀行 |
|---|---|
| メンバー | L:H内 |
| 期日 | 2008/3/13〜3/19 |
| 山域・ルート | リビア |
| 山行形態 | 砂漠紀行 |
「雪稜」クラブの名前に反して、「砂稜」に行きたくなり、砂、砂、砂の稜線を少し歩いてきました。
場所はリビア(正式には大リビアアラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国)とう国で、ジャマーヒリーヤとは「大衆による共同体制」の意だそうです。
いつもは個人旅行でなりゆき次第の旅が多いですが、リビアは個人旅行が出来ない国で、今回は日本から添乗員さんが来る総勢11名の「ツアー旅行」(叶シ遊旅行)なるものを初体験しました。行程中にテント泊が3泊あり、砂漠の真っ只中で泊まる体験が出来るので期待して出発しました。
3月13日関西空港からドーハ乗継トリポリへ。入国審査は時間が掛かり、並んでいる列を乱して係官が誘導したり、人によってこっちだ、あっちだと言ったり、挙句の果てには他人のパスポートを返されたりとよく分からないことが多い。イミグレーションの表示も無いし、空港にはアラビア語表示だけしかなく、なぜか国際空港なのに時計が一切見当たらない。
乗継があり国内線で南部の町セブハーへ。ここまで関西空港から27時間。
さて、今回はただの旅行なので、山行と呼べるようなものではありませんが、各泊地で2〜3時間周辺を登りましたのでその部分だけ報告します。泊地はアカクス山脈1泊、ワンカサ砂丘1泊、ムルズク砂丘1泊です。入国初日はセブハーのホテルに1泊、舗装道路をまる1日走ってアウィナートでもう1泊、そして砂漠へと入る。
1泊目(アカクス山中)は岩稜の続く谷状の中に泊まる。
夜間は寒くも暑くも無く、あまりに気持ちが良いので砂漠の砂の上に直接マットを敷き寝る。夜半から月が沈み、壮大な天の川を仰ぎ見つつ夢の世界となった。この1泊目では夕方に崖が僅かに切れて繋がっている場所を攀じ登り、準平原のように同じ高さの面が広がっている台地にでた。礫が一面広がっていて、北アの双六岳山頂部のような光景。東の方に細く谷状(カール地形の圏谷)のような風景が続き、その圏谷をさらさらの砂でいっぱい詰めて平らにしたような感じだ。周辺の山々はたぶん今まで誰も登っていないのではと思われる。大岩が切り立って山頂部を構成しており、圧倒的な数のピークが連なっている。
この国では恐らく「登山」とは縁が無さそうだし、また山頂に登る必要性など全く無いに等しいと思われる。360度奇岩に囲まれた風景の只中に風も無く音の無い静寂の世界が広大に広がっていることに感激した。空の青は3,000級アルプスのように紺色だ。引き返す途中で綺麗な日の入りを見て下山。下山は崖と巨大な砂の吹き寄せが辛うじて繋がっているところを見つけたのでそこから滑り台のようにして一気に下る。愉快。
翌朝、日の出を見るためまた登ってみたが、あいにく岩稜の山頂部からの日の出となり、先に周りが明るくなってしまい、いまひとつだった。
2泊目(ワンサカ砂丘)は波打った砂の台地のちょっとした窪地に泊まる。
泊地に到着すると東方と西方に高い砂丘が連なっている。東方が良さそうなので準備して出発。ここは前日とは大きく異なり、純粋に全てがさらさらの砂だけの世界。空の青と砂漠の薄黄色の接点がこのうえなく美しい。砂の稜線は見事にまで三角形に尖っており、真っ直ぐ同じ角度で伸びている。幾つか砂の稜線を上がったり下がったりしていくと、次第にテント地が遠のき、やがて砂のうねりの中に見えなくなった。今来た方向を忘れたら、どの方向に行けば良いのか、同じような風景では分からなくなりそうだ。初めての体験でワクワクする。日頃の読図経験と勘を研ぎ澄ませ一番高そうな高みを目指す。高度が高くなるに連れ、風が強くなり、カメラや衣服も砂だらけ、一時的に目も開けられない状態となる。しかしなんとか一番高い場所に到達した。
ただただ砂の山脈が広がっていて、はるか先まで砂の大地だ。しかしよく見るとはるか東と北は真っ平な砂漠のようで、砂の山脈は一様ではない。実に複雑な山脈のような連なりで構成されている。砂なので尾根と谷は明確では無いところが違い、尾根と尾根が変な関係で繋がっているし、奇妙な窪地も存在する。綺麗に整った三角形の稜線を踏み跡で潰して登ったが、帰りにはこれまた見事に風の威力で何も無かったかのように復活している。
風があればほんの20分位で自分の踏み跡は見出せなくなるようだ。恐ろしい。
地図は当然無いので勘でテント地に戻る。同じルートでは面白くないので、テント地で眺めて覚えた地形を思い出し、別の稜線を辿る。思ったとおりテント地の南の頂上に出た。ここからはテント地が見える。砂漠では全て砂なので、転落、滑落は起り得ない。砂がその場に留め続けられる角度までにしかならないのだ。なので真っ直ぐ一気に下る。この下りは実に楽しい。雪山の斜面を降りるよりもっと安全だ。テント地からの日没は素晴らしかった。
3泊目(ムルズク砂丘)は2日目と同じような砂地で泊まる。北は平らな砂漠。
2日目よりもっと高い砂丘が背後にあり、光の陰影がすごく美しい。ムルズク砂丘はここから東に何百キロも広大で、砂丘の高低さが大きく誰も入り込めないとのことを聞いた。
リビアの地図を見ても100キロメートル四方以上もある。広大な無人地帯。さて今回も登ろうとしたが、ツアー参加者でプロの写真家がおられ、その方から「写真を撮りたいので砂丘に踏み跡を付けないで」とお願いされた。でも登りたいので、テント地からは見えない背後に廻りこんだところから尾根を探して登ることにする。テントを離れ、見えなくなると、孤独感を味わえる。今回は風が全く無く、無風快晴だ。砂の上には全く乱れなく規則正しく風紋が出来ていて、見とれてしまう。高度を稼ぐが、勾配が強く、進んではザーと足元が流され、3歩の努力で1歩分しか進まない。雪山ラッセルと同じだ。ただ足は裸足で気持ちよい。1時間以上苦労し、待望の山頂へ。着いて反対側の光景に目を見張った。夕日の影が複雑な模様を作り、光線の加減で砂の稜線の模様と影となった窪みの絶妙なコントラストが展開している。また、見渡す限り砂の山が幾重にも重なっている。日本には絶対ない光景に、はるばるリビアにまで来て良かったと思った。
夜は満点の星が煌めく。参加者に自分の乏しい星座や天の川を教えてあげ、毎日多く飛んでいる人工衛星を指したら、「初めて見た」という方が多く、山をやっていない旅行者は天の川や人工衛星も知らないようだった。
砂漠3泊後はロッジに泊まり、3月19日はウヴァリ砂漠に1日行った。こちらは町に近いせいか観光化が進んでいて、他の西洋人旅行者にも出会った。オアシスが点在して砂漠の中の陸の孤島のような緑が美しい。
砂漠テント3泊(実日数6日間)の旅はこれで終了した。
旅行前にリビアに行くといったらみんなから「どこ?変な国では?カダフィー大佐の独裁国」など悪評が多かったが、当然ながら国の事情とは関係なく自然の光景は素晴らしかった。砂漠の跡はサブラタやレプティスなどの遺跡を観光して帰国した。リビアではガイドとツーリストポリスが必ず付いて回ることが必須で、まだまだ個人旅行や自由旅行は出来ない体制のようです。
以上、観光が主体ですがちょっぴり山行モドキでの報告でした。